「教風」 (連載第100回)


 生きていっぱい、死んで千倍


 初代大先生は商売をなさっている頃から、商売よりも信心による人助けに熱心でした。教会を持たれると、一層に初代大先生のお取次のもと次々に人が助かっていきました。

 それでも初代大先生は不満でした。もっともっと多くの人を助けたいのに、さまざまな障害がでてきて働きに限界がある。これは生身の人間だからで、教祖様が「金光大神は形がのうなったら来てくれという所へ行ってやる」と仰せられているように、「いっそ死んでしまえば形にとらわれず、もっともっと働ける」と死ぬことを願うような気持ちにさえなられたのでした。

 しかし、教祖奥城(おくつき)で教祖様から叱られます。「そのほうは間違っている」「どんなとこが間違っていますか」「死んで十分の働きをしようと思ったら生きている間に十二分に働け。それで死んでも十二分の働きができる」
 これが「生きていっぱい、死んで千倍」の教えです。

 ○思いを向けて働いていただく
 初代大先生は教祖様に教えられた通り、それから生きて十二分の働きをなさいました。亡くなると三代金光様から美志道輝真柱大人(うましみちてるみはしらうし)の御名を頂き今も十二分の働きをなしてくださっています。だからこそ私のようなものでも「純でありさえすれば」教会長のご用に使っていただけるのです。
 とまあ、ふだんはそう人にも申し、自分にも言い聞かせているのですが、ときにぐらつくことがあります。

 玉水記念館を建設中の頃でした。彌壽善先生が体調を崩され、休まれたので色々なことが一度に私の肩にかかってきたことがありました。体がふらふらになると信念も動揺します。「これで私がお願いして、神さまに通っているのかなあ」などと思います。

 夜のご祈念中、疲れがでたのでしょう、不覚にも居眠りしてしまいました。突然、ご神前の方からパシッと大きな音がして目が覚めました。と、私の右後ろに人がいるようなのです。夜中の広前内殿に誰が来る? 彌壽善先生ではない。家内が来るはずない。振り向くことができません。そのうち生身の方ではないとわかり、二代大先生であると直感しました。「そうだったのか、私のご祈念に二代大先生が寄り添ってご祈念してくださっていたのか」。私は大きな安堵と感動に包まれました。

 二代大先生がおられるなら初代大先生がいらっしゃらないはずがない。私のことを気にかけているだろう父、三代大先生だっておられるだろう。そうわかると、「私がお願いして」などと力んでいた自分がどんなに間違っていたかと反省しました。

 ところで、これは私だけの話ではありません。玉水教会にお参りしている方々の多くは二代目、三代目でしょう。初代、二代大先生のもと信心に励み、大きな徳を積まれた親先祖をお持ちでしょう。そのお父さんお母さん、お祖父さんお祖母さんとは、「死んで千倍」の働きができる方々です。働いてもらわない手はありません。ただし、「来てくれという所に行ってやる」ということがあります。霊(みたま)さまもこちらが思いを向けて、念じなければ存分に働くことはできないのです。神さまに一心にお願いさせてもらうことはもちろんですが、霊さまにもよくよくお願いして、たくさんの働きをしていただきましょう。





(この「教風」は、2013年10月に掲載されたものです)
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