「教風」 (連載第104回)


 今も生きて働く初代大先生



「初代大先生はよほどブリがお好きだったんやなあ」。ずっとそう思っていました。教師になってから、ブリは骨があまりないので、食べるときにわずらわしくなく食せるからだということを知りました。

 『信話』に、こういうお話があります。魚屋さんでブリを売っておらず、食卓にのぼらせられない日が続いたので、奥様が謝ると、「ブリはある」「どこにあります」。腰を浮かせる奥様に「海にある」と初代大先生は言い放ちます。そして、私にブリを食べさせたいなら漁師さんの大漁を祈ることから始めなければならない、と説かれました。

 「家内がなんとも言わんでおったら気がつかなんだのですが」とおっしゃっているところをみると、どうしてもブリを食べたいわけではなかったことわかります。初代大先生は食事中でも、信者さんのことを思うとご祈念に入られたりすることが多かったようで、そのためブリが最適なおかずだったのでしょう。

 食事どころかトイレもそうだったようです。あるとき「(初代大先生が)お広前にもお越しやおまへん。二階にもおいでやおまへん。奥にもおられまへん」と大騒ぎして「もしや便所にでも」と探されたところ、実は「便所から出るのを忘れていた」という話があります。この時も信者さんの縁談のことを一心にご祈念していて、出るのを忘れてしまわれたのでした。

○「保養なら毎日している」
 このように、初代大先生は行住坐臥ご祈念を放さず、またお広前でのご用に全身全霊を以って取り組んでおられました。当然そこまでのご用は義務ではなく、何より好き、楽しみということでなくてはできません。
 晩年、保養を勧める周囲に「保養なら毎日している。私の保養は暖かい所で温かい湯につかることではない。何時間となくお広前で信者の願いを聞くことである」と言い切った大先生でした。

 二代、三代大先生もその初代のお姿どおり、お取次を無上の楽しみとするご用姿勢を示してくださいました。
 あとを継いだ私が、義務感だけで奉仕するのは申し訳ない。何とか歴代大先生のようにご用そのものを楽しめるようにならねばと、自分なりに求めてきまして「ご用ってええもんやなあ」と、だんだん感じることができるようになりました。ありがたいことです。と、言うと、「ほんまに? では甲子園で阪神を応援するよりお広前のほうが楽しい?」と突っ込まれそうです。ここは正直に、どちらも楽しい、と申しておきます。

 初代大先生のご帰幽に際して、二代大先生は、お広前に出て信者さんにご帰幽の経過を説明してから「『お前の後ろには私がついているのだから心配ない。しっかりやれ』と言うてくれました」とのご遺言を紹介されました。

 いま私がお広前でご用していてまず感じるのはこのことです。二代大先生を励まされたように、私の後ろに初代大先生がついていて、いきいきと働いてくださると日々実感しています。信者さんが、お結界で「先生、おかげいただきました」とうれしそうにお礼を言われると、ほんとうにうれしい。私のようなものをお使いくださる神さまに心からお礼を申し上げたい。それとともに、初代大先生がこの方にも働いてくださって、神さま金光さまにお取次ぎくださったのだとまざまざと感じさせられております。

(この「教風」は、2014年2月に掲載されたものです)
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