「教風」 (連載第111回)


 信心の求め方



 私はツヤ姫のことをツヤ先生とお呼びして慕っています。すると生前のツヤ姫をよくご存知の方たちは「えっ」と言う顔をします。ツヤ先生は金光教教師でしたから先生と呼ばれてもおかしくはないのです。しかしお結界にはほとんどお座りにならなかったし装束もおつけにはなりませんでした。普通はツヤ奥様とお呼びするので、そういう反応になるのでしょう。

 ただツヤ先生は、初代大先生が相談相手にされたほどの方でしたし、銀座教会で多くの修行生を育てられ、いまも手続きをこえてツヤ先生の信心を語る先生が何人もあります。
 ですから私も「可愛がってくれた大伯母さん」というより「初代大先生のご信心をひた受けに受けられた信心の先輩」としていただきたく、敢えて「ツヤ先生」とお呼びするのです。

○お神酒(みき)さんを吹くのは古いか
 ではツヤ先生のどういうところをいただいていくか。たびたびお話しする「お神酒さん」の話をあげてみましょう。悪いところにお神酒を吹くというのは、金光教では昔から行われてきました。お神酒でおかげを頂くということですが、「日本酒で病気が治るものか」「おまじないのような次元の低い信心だ」と言われれば、そのような気もしてきますし、価値のないことにさえ思えてきます。この一見おまじないのような「お神酒さんを吹く」信心を求められたのがツヤ先生です。

 ツヤ先生がお神酒さんを吹かれるようになった契機は大正九年、弟の茂青年(二代大先生)が急性肺炎にかかられたときのことです。初代大先生が忙しいご用の合間にわが子にお神酒さを吹きに来られるので、「どうぞ私に吹かせてください」と申し出て吹くようになったのだそうです。はじめは初代大先生がつきっきりで教えられたということです。

 お神酒さんというのは力任せに吹けばいいというものではありません。悪いところに吹くと泡が立ったりします。そこではじめは悪いところ、お神酒を吹くべきところを分からせてください、というように願っていた。そのうちにそれでは足りない。金光様をいただいて、「どうぞ大先生に成り代わって吹かせてください」と祈るのだ、と気づいたのでした。
 またお神酒を吹いていると異様に疲れてしまうことがある。確かに自分のエネルギーを削って相手に注ぎこむのですから、疲れるのは当然です。そこを神さまに願って、吹く人間自身も身体丈夫のおかげを頂くというのが本当で、その祈りも欠かせない。こういうように信心が展開してくると、お神酒さんを吹くということは、おまじないの親戚などではなく、ひとつの立派な祈りであることが分かってきます。

 お神酒さんを吹くというのは祈りであり、信心を培い、信念を固めるものなのです。ちょっとみると古臭いようなことでも理を立てて追求していくと、実は信心の王道をいくことだった。 骨太の信心をなさったツヤ先生らしい求め方です。そしてそれは、いまの私たちにとって一番必要な信心姿勢ではないかと思えます。

 昔からのやり方を吟味もせずに否定するのではなく、新しい問題意識で再確認していく。否定するだけでは見えてこないものが、そうすればおぼろげながらでも見えてくる。一つの学ぶべき方法ではないでしょうか。


(この「教風」は、2014年9月に掲載されたものです)
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