「教風」 (連載第114回)


 ありがたしと思う心



今年も十二月を迎え一年の締めくくりをするときがやってきました。今年はなんといっても初代大先生七十年祭が大きな出来事でした。繰り返しになりますが、このお祭りを通して、私が頂かせられた信心を聞いていただきたいと思います。

 大切なお祭りを控えた前夜、私は体調を崩してしまいました。翌日の入念な習礼を出社の先生方とすませた頃、私はかなり辛い状態に陥っていました。
 熱が出て咳が止まらず鼻水もひっきりなしという症状です。信奉者のお医者さんが診てくださいました。「今夜は、眠れんでしょうなあ。まあ頑張ってください」。そういってお医者さんは帰っていかれました。果たしてその言葉通り、私は眠れぬ夜を過ごすことになりました。咳が出だすと喘息(ぜんそく)を思わせるように止まりません。鼻水も出っ放しです。こんな体でも心の方がしっかりしていれば良いのですが、白状すれば心の方が更に萎(な)えてしまっていうようなことでした。

 「神さま、よりによってどうして今日なんですか。七十年祭を明日に控えた時に、こんなひどい風邪を引くなんて。ずっとおかげ頂いてきたのに。ここまできて」。不平不満ばかり湧いてきます。
 二百日前からずっと取り組んできた信行も、満願まであと一日というところで成就しませんでした。そのことも神さまへの不平の種になります。

 「あと一日だったのに。暑い夏の晩、熱中症になりかかりながら頑張って続けてきた二百日の信行も挫折(ざせつ)です。悔しいです」。何もかも不平不足だらけで私は悶々(もんもん)と一夜を過ごしました。

 朝になると熱は多少さがりましたものの、咳や鼻水は相変わらずです。気持ちとしては「大丈夫だろうか、祭主を務められるだろうか」と不安いっぱいでしたのに、どうしたことか「おかげを頂く」という言葉が急に口からこぼれてしまい、午前中の墓前祭のために瓜破へ赴きました。

 ○青い空が見えた
 瓜破へは時間的に余裕を持って参りましたので、車内で待機していました。
 しかし症状は変わりません。咳と鼻水が引っ切りなしです。まず不平が出ます。それが不安に変わります。「咳き込んで祭詞を奏上できなくなったらどういしよう。お話もできるかな」。そこで神さまにお願いします。「何とか祭詞奏上できますように。お話も、などと欲張りなことは申しません。祭詞だけでも何とかどうぞ」。お願いしている尻から不平が出ます。「ほんとにどうしてこんな日に、よりによって」。それがまた不安に変わりと、まことに情けない堂々めぐりです。

 ふと窓の外へ目を移しました。まず青い空が目にはいりました。ずっとお願いしていた好天そのものの気候でした。はじめて「ああ、ありがたいなあ」という気持ちが湧きました。三々五々集まってこられる参拝者を見ると、厳冬なのにみなコートを着ていません。「そんなに暖かいのか」と窓を開けると、心地よい風が流れ込んできました。「何とありがたい。このお天気、この暖かさなら全国からお参りされる方々も楽だなあ」。自分のことを離れて参拝者のことに気持ちが向き、神さまのお計らいに心からお礼を申しました。と、その瞬間、私は咳が止まっていることに気づきました。鼻水もぴしゃりと止まっていました。それからというもの墓前祭、第一日の祭典から第二日の祭典、そして偲(しの)ぶ宴(うたげ)からご本部御礼参拝と、なんの支障もなく元気にお仕えできました。私の心が御礼に転回できた、その刹那(せつな)から、おかげを頂くことができたのでした。


(この「教風」は、2014年12月に掲載されたものです)
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