「教風」 (連載第206回)


 お詫びの祈り



 私は、十月二十七日で五十三歳になりました。三十を過ぎた頃から時の流れが速くなったと感じだし、四十を過ぎるとさらに速くなり、五十を越すとあっという間に三年がたちました。

 今年も新年から、「玉水布教百十年のお年柄に信心の展開を」と求めているうちに、もう最終の月を迎えました。年の瀬も近づいてきましたので、お詫びの信心を軸に、求めているところと聞いていただきたいと思います。

 教祖さまが文治というお名前だった頃、のどけという大病にかかりました。身内の人々が集まって治癒を祈っていると、先に立って拝んでいた親類に神さまがおりて、「建築移転につきご無礼がある」と指摘しました。岳父の八百蔵さんは、文治さんの神さまに対する丁寧な接し方を知っているだけに、「当家に限ってそんなことはない」と言い返しました。
 文治さんは、なんということを言うのだと岳父の言葉に驚いていると、急に喉が開き、ものが言えるようになったので、「凡夫でどこにご無礼があったかわかりません」と必死で神さまにお詫びを申し上げました。すると神さまは、「戌の年(文治さんのこと)はよい。よし。」と受けて下さり、やがて、さしもの大病も治癒していったのでした。いわゆる四十二歳のご大患の事蹟です。

 ○「おわび」から始まる
 本教では祈りを三つの要素に分けて、「お詫び」「お礼」「お願い」としています。それに従うと、教祖さまは、まず「お詫び」の祈りによって神さまに出会われた、ということになります。

 まずお詫びからというのは定石のようで、教典を開くと、「朝晩、親神様を拝む時には、必ずご無礼お粗末を一番にお断りしてから、お礼を申し、……」(理V尋求126)とありますし、初代大先生も「まずお詫びから入る」と、いつもその大切さをお諭しくださいました。先月号の本誌『あゆみ』中の「遺教」でも「始め三年間ほどお詫びばかりしておった」とお詫びの信心が先であることをお話しになっています。

 自らを振り返って反省し、至らないところを詫びていくというのは窮屈ですし、後回しにしたくなりますが、まずそこを、というのが信心です。とにかく「これですんだとは思いません」という、教祖さまの深いお詫びの心から金光教が始まったのですから、信心する者は、ここを差し置いて信心するという訳にはいきません。

 それも、ただやみくもに謝ればよいというのではありません。自分の心の向けかたに思い違い、心得違いがなかったか。自分の行いがどうであったか。そこをきちんと振り返り整理しておくことが必要です。ですから、どこをお詫びするのか、どこが至らないところなのかを気づかせてくださいという祈りも大切です。他人の悪いところはすぐ目につくものの自身のことは案外わかりません。自分の至らないところがわかれば、お詫びにも力が入るし改まりもしよい。つまり、おかげになりやすいのですから、気づかせてくださいとの祈りは必須です。

 今、お写真を仰いでも、初代大先生の眼の輝き、鋭さははっきり感じられます。当時の信者さん達は、「凄うて恐ろしい」と言っていたようです。ご自身で、「それは自分の心を叩いて叩いて、叩き上げた末に出来上がった」と仰っています。お詫び→改まり、お詫び→改まりを重ねて培われた目ぢからでした。
 お詫びの祈りは、お恵みに感謝するお礼の祈り、一心の願いへと連なっていかねばなりません。というより、心の底からのお詫びができれば、強いお礼、強い祈りへと重なっていくものです。
 年末の慌ただしさに押し流されないよう、しっかり信心を求めさせていただきましょう。

(この「教風」は、2015年12月に掲載されたものです)
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