「教風」 (連載第210回)


 お礼が先



 二代大先生が、昭和五十六年に発病されたときのことです。当時若先生であった三代大先生は、ご本部にお参りするとお結界で四代金光様に、速やかな病状回復と御用への復帰をお願いします。すると金光様は「お礼が先じゃ」。それが毎回毎回そうなのでした。

 三代大先生も、まずお礼から入らなければならない、などということは百も承知です。しかも前回金光様から「お礼が先」のお言葉を頂いています。それでも、お結界で金光様を拝すると、おすがりする気持ちがいっぱいになり、ついついお願いが先になってしまうのでした。

 二代大先生の容態は深刻でしたし、大きな御用を果たされていた二代大先生に代わって全てを三代大先生は仕えなければなりませんから、三代大先生としては尋常ではない心労がおありだったでしょう。そんなことは当然金光様はよくよくご存知で、それでいて「お礼が先」と厳しく仰せられたのでした。
 筋を立てることにこだわった冷たいお取次と、悪い見方にもとられかねません。しかしそういうことではないことが、私にもわかってきます。

 ○一生涯の稽古
 私が金光教学院で学んでいたとき、お取次を頂く中で、四代金光様は「下駄をはくときお礼を申している。めがねを掛けるときお礼を申している。初めはなかなかできにくかったが、稽古をしているとだんだんできるようになった。いまも稽古をしている」とお言葉をくださいました。
 八十に近い金光様が今も稽古しているとは、と学院生の私には驚きでした。

 四代金光様にとっては、お礼を申していくことが信心を進めるなかでなにより大切なことであり、それを生涯かけて求めていかれました。年功を経てなお懸命な求道者であった金光様のお姿は、迫力があり尊いものでした。

 ですから三代大先生への「お礼が先」というお取次も、上からお届けの順序の不備を指摘するなどという話ではないのです。

 ご自身が信心の根本と置いているお礼の信心、神さまへのお礼、お恵みへのお礼を素通りしては一歩も前に進まないではないか、ということを信仰者の先輩として注意を促されたということではと、私は頂いています。

 金光様のお導きで、三代大先生も信心を展開されていきます。私は、三代大先生が「(二代)大先生が(お結界におでにならなくても)いてくださるだけでありがたい」と口癖のように言われていたのを思い出します。心から「ありがたい」とお礼の信心で満たされた様子でした。

 二代大先生のあとを継いで精力的に御用されていた三代大先生が、平成十年の暮れに思いもかけず発病され床に伏すことになりました。私は、自分がやらねば、自分が頑張らねばという思いで、代わっての御用を夢中で仕えていました。

 毎年、五月二十七日は、奥で親族と出社の先生方にお参りして頂いて湯川家のお祭を仕えます。祭主をつとめたあと、私が病床の三代大先生に報告に参ると、大先生は起き上がって椅子に腰掛け、ご祈念してくださっていました。そのときのうれしかったこと。
 三代大先生がかつて「いてくださるだけでありがたいんや」と言われていたのはこの気持ちだったのだなあ、としみじみ思いました。




(この「教風」は、2016年4月に掲載されたものです)
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