「教風」 (連載第214回)


 神さまを信じる



 信話集を読み進めていますと、月末の支払いに窮して――という話があちこちに出てきます。商売において資金繰りが大事であることは今も昔も変わりありません。

 商売に行き詰まることが多くお結界にお届けに来られる方が、「今は支払いが、月末に集中しているわけではありません。毎週支払いがあります。毎週毎週、支払いができるかどうか、気が気でありません。もう、商売を投げ出したいくらいです」と言われる。

 私は、『先代を語る』を手渡して「初代大先生の”神さまがご主人 自分は奉公人”をよく勉強して」と申しました。こういう時こそ身に迫ってよく読み込めるだろうと考えたからです。しかしその方は、「支払いが気になって不安で不安でなかなか一心の祈りができません」と訴えます。
 で、私は、
「一心の祈りとは一つ心の祈り、神さまと一つ心になる。神さまをまるまる信じる、ということです。このお広前にいる間は、まだ神さまを信じていても、家に帰ると、”大丈夫だろうか、おかげ頂けるだろうか”という気分についなってしまう。

 そんな時に”大丈夫。この神さまは従業員である私を困らせることはない、と思い返して自分に言い聞かしていく。それが信心の稽古です。何回も何回も積み重ねていくんです」
と言わせてもらいました。

 初代大先生も、
 「なんで自分にばかり、こんなことが起こるのだろうか、と思うのは、神さまのおかげを受けておきながら、そのおかげが見えていないからです。神さまを信じてると言うて、愚痴や不足が出るのは、神さまをまるまる信じ切っていないからです。ほんとうに神さまを信じ切ったら、もう、ありがたいということのほかは何もない、という境地になります」
と教えてくださっています。

 ○どんな不幸に出会っても
 長らく信徒総代をつとめられた木村秋義さんの十年祭を京都のお宅でお仕えしました。
 木村さんは初代大先生の時代からの信者さんで、戦地に赴いた折には文字通り九死に一生のおかげを頂いて帰還。戦後は商売を興して絵に描いたような大みかげを蒙って隆々とした商売を築いた方です。

 九十三歳で亡くなる直前まで、参拝に御用に精力的に取り組まれていた姿を覚えておられる方も多いと思います。
 その日は、木村さんの三男(幸三)さんの十五年祭も幸三さん宅で執り行いました。ということは、木村さんは年が寄ってから三男さんに先立たれたということになります。しかも、まだ四十八歳、いよいよこれからという年齢でした。

 およそ人の世の不幸の中で、子どもを亡くすということほどの不幸があるでしょうか。
 私は、幸三さんの葬儀に向かうとき、正直言って、「今度ばかりはさすがの秋義さんもお力落としのことだろう」と考えていました。ところが葬祭場で挨拶に来られた木村さんは、いつも通りの木村さんでした。そればかりか、御礼ばかり申しておられる。たとえば、非常に多くの会葬者があったのでしたが、「息子は幸せ者です。こんなに多くの方々に見送っていただいて……」という風に。悲しいことは悲しい。しかし、その裏の神さまのおはからいやお恵みがちゃんと見えているからこそ出てくる御礼の言葉だったように思います。

 初代大先生の信話は、単なる言葉ではありません。生きています。そして木村さんのように体で現した方も大勢おられる。私たちがまだそこまでのおかげに至っていないのは、私たちの信心の稽古が足りないから――そう思い返して、共々におかげを蒙って参りたいと思います。




(この「教風」は、2016年8月に掲載されたものです)
TOP
バックナンバー一覧