「教風」 (連載第216回)


 スポーツと信心



 リオデジャネイロオリンピックでは、日本選手が過去最多のメダル数を獲得し、大活躍でした。観ていた私たちも手に汗握り、多くの感動を得ました。ただ、地球の裏側で行われていることなので、時差の関係で決勝が深夜になり、朝になって結果を知るという方もかなりいたようです。

 やはり、その時間に観てこそ感動が深まる、ということはあります。
 私は夜、ご祈念してほっとした時に観られたので好都合でした。一人で観ているので、喜んだり悔しがったりの感情を露(あら)わに出す癖がついてしまいました。バドミントン女子ペア金メダル獲得の時も、差をつけられて「だめか!」と思っていると大逆転で、ほんとうに力が入りました。そんな調子で陸上男子400mリレー銀メダル獲得の時は、家族と見ていて、私があまりに嬉(うれ)しがるので呆(あき)れられてしまいました。

 という具合に夢中になって、たくさんの感動をもらったオリンピックでした。と、これだけ熱心に観ていると、スポーツとか勝ち負けとか、信心とはどう関(かか)わるのだろう、とふと思ったりします。そういう時にまず浮かぶのは『信話』のあの話――お相撲さんが強い相手と取り組むことになった、という話です。

 ○強い祈りとは
 まだ東京とは別に大阪相撲というのがあった頃の話です。相撲取りの信者さんが、初代大先生にお届けします。
「あす取り組む相手は図体(ずうたい)が大きく力も強く手も巧者です。難儀です。どうぞお願い申します」

「負けるようにか」「あほらしい。勝てるようにですがな」「そら負ける。負けるに決まってる」「なんで」「これはあかんと思うているからあかん。図体大きく力も強く手も巧者で℃謔闡gまん先から負けておる。大体相手が強いのはおかげだ」「どないなおかげですか」「あんた方は自分よりよっぽど強い人に勝たんと値打ちが出ない。下の者をこかしていては値打ちがない。そんな強い人と取り組ましていただいたのはおかげや。負けても損にならん。むこうさんはあんたみたいな弱いのと取り組みたくない。あんたが負けて当たり前や。あんたとするとこんな取り組みは一番面白い。こんなよい相撲はない。むこうがどんだけ強うても、お願いして勝たしていただくという決心で土俵へ上がりなさい。ふんばってそんなんくらい四つんばいにさすのは何でもない。おかげやで。ありがたいこと、と思うて取り組みさせていただきなさい」「なるほど」「あんたそれぐらいのことわからんのか。おかげ蒙っていておかげがわからんようではこちらが困る。わかればなるべく強い力士と取り組ませていただきますようという願いになってくる」「先生、きっと勝たしていただきます」「そうそう、その気分や」

 お参りしてきたお相撲さんが、「あすの取り組みは難儀で」と言うのを大先生は、「これは難儀ではない。おかげやで」とひっくり返し諭します。「そうか自分は恵まれているんや。ありがたいことなんや」とお相撲さんが得心した時点で、お相撲さんの心は神さまにぐっと近づいています。信心の定石です。

 翌日夕方に、「先生、うまいこと四つんばいにさしてやりました。大きな図体を這(は)わしてエエ心持ちでした」とお礼に来たお相撲さんでした。
 初代大先生が渡したのは、恵まれているんだ、という御礼の心の乗っかった一心の祈り、強い祈りでおかげに至る信心の筆法でした。
 このお相撲さんは大先生から授けられた一心の祈りを進めていって、この後も次々とおかげをいただかれたということです。





(この「教風」は、2016年10月に掲載されたものです)
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