「教風」 (連載第221回)


 『ある日の述懐』




 ――あるところに、お爺(じい)さんとお婆(ばあ)さんが住んでいました。質素な暮らしながら信心篤(あつ)くありがたいありがたい、といつも言っていました。
 そんな二人を邪魔くさく思う集団がありました。
 悪魔たちの隊で、何とか二人にいさかいをさせ、不平と不満だらけの生活に落とせないかと、いろいろちょっかいをだしますが、うまくいきません。

 すると一人の悪魔が、「三年ください」と申しでました。その悪魔は二人の家に入り込むと悪さをするどころか身を粉にして働きました。その甲斐あってお爺さんとお婆さんは豊かになっていきました。
 頃は良しと、悪魔は行き暮れた旅人を装い宿を乞います。そして晩酌をしているお爺さんに(お爺さんはいつのまにか晩酌が習慣になっています)図々しく自分にもお銚子をとねだります。一本二本三本と増えていくと、さすがにお爺さんは怒りだし、とりなそうとするお婆さんと喧嘩(けんか)になってしまいます。それをみて悪魔たちは大喜び。――信話集に載っている寓話です(第六集10頁)。

○弓張り提灯時代を忘れない 
 誰にでも、心の中には怠けよう、ずるをしよう、争うなど暗い部分を持っており、信心はそういうものとの闘いと言えます。しかしこの話のお爺さんとお婆さんのような志操堅固な人たちでも、ちょっと豊かになり気が緩むとたやすくつけいられてしまう。ほんとうにむずかしいものです。
 ではこの話をされている当の初代大先生はどうされたのか。
 先日、『ある日の述懐』を聞いていて思いました。
「忘れてへんのやで。弓張り提灯時代のこと」――弓張り提灯時代とはこのくだりの前で「弓張り提灯持って朝から晩まで商売してた」とおっしゃってますから、二十四歳から三十五歳までの商売人時代のことです。『ある日の述懐』は大正十五年のことですから、初代大先生はその時五十六歳。つまり二十年以上前の話です。

 一言申しておきたいのは初代大先生のこの言葉はよく年配者が自分の若いころを懐かしがって、「私も以前は相当にやったもんですよ」と、半ば自慢げに振り返るような類の言葉とは違うということです。
 初代大先生にとって商売人時代は、お金に苦しみ子どもさんを次々亡くし、一生懸命に信心してもなかなか目に見えるおかげがなかった時代です。その中を、神さまと首っ引きで信心に取り組まれたひとこまひとこまを鮮明に覚えている、というより、神さまへの御礼をもっていつもいつも思い起こしている、ということをおっしゃっているのです。

 ですから、初代大先生の信心では、すこし余裕ができると気が緩んでしまった寓話のお爺さんのようなことはおこらなかったのです。
 おそらくこのお爺さんが、質素な暮らしのときの「ありがたい」という思いを持ち続けていたら悪魔たちにつけいられることはなかったのですから。

 そしてもう一つ言えるのは、誰しも苦しいときのことは忘れたい。だから「のどもと過ぎれば熱さを忘れる」となって、せっかくおかげを受けてきたのに、別の問題ができるとうろたえてオロオロしてしまう。

 初代大先生の信心は、「お金で苦労した」「子どもを亡くして辛かった」ではなく、そこを通して神さまが何を教えてくださったのかということにピントを当てているので、痛苦なく思い出せ、一層信心を求める糧ともなったのです。
 何事も信心で受け止め、考える稽古をしてまいりましょう。





(この「教風」は、2017年3月に掲載されたものです)
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