「教風」 (連載第228回)


 子や孫への思い




 東日本大震災から、すでに六年半がたちました。それでも何かのときには、自分が被災地で直接聞いた話、あるいは大阪災害救援隊などで何度も足を運んでいた先生たちから聞いた話などを、ひょっと思い出すことがあります。

 ある漁師さんの話です。地震発生直後、すぐ船に戻ることができたその漁師さんは、直ちに沖へ沖へと船を出しました。すごい波が襲ってきたようでしたが、何とか難を逃れました。地震がおさまり沖から戻ってくると大変なことになっていました。あちこちで、辛うじて漂流物につかまったりしている人などを救助して回ったそうです。そんな中で、電信柱にしがみついている女の子を発見し、救助しようとしました。ところがその女の子が中々電信柱から離れません。ようやく引っ張りあげると、なんと女の子の真下におばあさんがいたのでした。残念ながら、水中にいたおばあさんは事切れていました。おばあさんは、迫りくる大波の中で孫を連れて電信柱にのぼり、孫を自分の上に押し上げ押し上げ、自身は津波の犠牲になってしまったようでした。文字通りの献身で、その間さまざまな場面に出合った漁師さんも、とりわけ深く心を打たれたと話していたそうです。

 祖母の孫に懸ける思いの強さ、純粋さ。世の中で、親や祖父母等の子や孫への思い以上のものはないのでは、と思ったりします。
 ですから逆に、その思いに報いようとする子の心を現すことが神さまのご機感にかなうのでしょう。
 初代大先生も大病にかかったとき、「親を置いて死ねません。助けてください」とお願いして、医者もさじを投げた病気からたちどころに救われました。


○スタートがおかげ
 私が、金光教教師を志して学院に入学したとき、「玉水の後継者がはいってくる。きっとすごい奥義のようなものを教えられてくるに違いない」と思われていたそうです。ところが私は、信心についてはほぼ白紙の状態で学院にはいりました。

 幼いころから、父である三代大先生、祖父である二代大先生から、大きくなったら神さまの御用をするように、というようなことは一言もいわれたことがありませんでした。

 むしろ教会の子弟にありがちな、「あーあ、教会ではなく普通の家庭に生まれたら、どんなによかったろう」と考えるような子どもでした。もちろん、物を大切になどといったしつけは一方でありましたけれども、何不自由なく暮らせるのは祖父、二代大先生の御用のおかげであるということはよくわかっていました。

 そんな私が、ぜひ神さまの御用にお使いいただきたい、と願うようになったのは、何度もお話ししていますように、二代大先生最晩年のお姿を拝してからでした。
 寝たきりで、目もうつろな二代大先生がお祭りが近づくと次第に変わってこられる。目に光がともり体に力が漲(みなぎ)ってきて、やがて車いすでご神前に向かうと気迫のこもった目で神さまに御礼をされる。その奇跡の光景に導かれて、なんとしても二代大先が生きておられるうちに金光教教師になって喜んでいただこうと願うようになったのでした。

 金光教についての知識も、信心の積み重ねも、ほかの人に劣っていたかもしれません。

 しかし祖父の恩に報いたいと、あのとき私が本気で思い、そこから私の信心生活が実質始まったというのは素晴らしいことだったなあ、としみじみ思います。素晴らしいスタートを私に用意してくださった神さまのご配慮には、只々感謝です。恩を知り、恩に報いる信心を求めさせていただきたいと願っています。




(この「教風」は、2017年10月に掲載されたものです)
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