「教風」 (連載第234回)


 ご霊地のお徳にひたる




 ちょうど去年の今頃、原因不明の痛みに襲われました。シクシクというような鈍い痛みが、体のあちこち移っていくのです。病院に行って診てもらいました。異状はないとのことでした。
 しかし痛い。三日間、夜も寝られませんでした。

 そうこうしているうちに、ご本部・天地金乃神大祭の参拝日となりました。彌壽善先生が殿上の祭員奉仕のため、前日から習礼に出向かれたので、朝のご祈念の先唱も勤めました。痛くて辛かったのですが、なるべく平気な顔をしようと努めていました。お参りできるだろうか、と思いました。いや、お参りする。もし痛くてたまらず、参列できないにしても、会堂地下で横になりながらお参りしよう。こう自らに言い聞かせながら、新幹線に乗りました。

 新幹線の車中では、はじめのあいだ痛くて辛かったのに、だんだんと痛みと痛みの間に、間隔ができるようになりました。「おやっ」。
 金光に着いて着物に着替え、本部広前でご祈念しているうちに、なんと痛みがなくなってしまいました。もちろん、参列のおかげもいただけました。三日寝ていなかったのですが、いつにもましてありがたく、お祭りをいただくことができました。

 以前からご霊地のお徳ということは、理解していたつもりでした。その時あらためて、この身で感じさせていただき、畏(おそれ)れ入るばかりだったことを思い出します。

 ○本部控所改修
 先月の三月四日、ご本部参拝時に「金光控所改修安全祈願祭並びに清祓式」を仕えてから、控所の改修工事にとりかかっています。

 二代大先生がいまの場所に控所を建てられてから、もう五十年たちました。その間、あちらこちらを直したり、冷暖房を備えたりして、使わせてもらいました。このたび、大掛かりな改修に着手しました。

 具体的にはトイレの整備、厨房の工事、シャワー室の新設などを予定しております。

 最近では玉水教会の団体参拝もすべて日帰りとなり、ご霊地で宿泊することがなくなりました。また大阪からですと交通事情が便利になって、「金光様へお礼参りに」と思えば、鉄道でも自動車でも、楽にその日のうちにお参りできます。

 金光様のお取次をいただいて、お広前でゆっくりご祈念し、教祖様と歴代金光様の奥城(おくつき)にお参りする。これをお月参り以外になさる信者さんなら、相当熱心な方だということになるでしょう。

 でも、もっと上があります。
 明治二十四年にはじめて鉄道が開通したとき、二代金光様が「便利になるとおかげを落としますのう」とおっしゃった。そういう伝えがあります。

 教祖さま時代の参拝は、宿に何日も逗留(とうりゅう)し、日に何べんもお広前に詣(もう)でてはゆっくり過ごす。信心三昧(ざんまい)の数日を送ることでした。鉄道が開通して便利になると「またいつでもこられるから」と、段々に慌ただしいお参りとなっていきました。そこのところの戒めを含めつつ、おっしゃった言葉ではないかと思います。

 しかし、慌ただしい参拝は、実はもったいない話なのです。ご本部はご霊地と申します。教祖さま以来のお徳の籠もった、お土地です。冒頭で私が申したおかげなど、不思議でもなんでもありません。熱心な信者さんなら、きっと霊地のお徳を感じたことがあるはずです。これは自分で体で感じてもらわなければ、通じない話です。

 控所を改修いたします。どうぞ皆さんごゆっくり、ご霊地という所に浸(ひた)ってお徳とお力を存分に享受してください。かならずおかげがあります。


(この「教風」は、2018年4月に掲載されたものです)
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