「教風」 (連載第236回)


トイレ清掃の徳



 教会内の居住スペース部分のトイレをリフォームしました。何十年とたって、水の流れが悪くなったりしたので思い切ってかえました。便利なもので掃除さえ楽になったようです。ただし便利になりすぎて、自動で便器の蓋(ふた)があがり用足し後は勝手に水が出、立つと自動で蓋が閉まることにすっかり慣れてしまいました。で、よそへ行っても、蓋を開けずに待っていて、自動で上がってこない蓋に、「自分であけんのかい」とトイレに言ってみたりしています。

 かつてトイレは臭いところでした。このごろはレストランなどの店はもちろん公園などの公共施設に至るまでトイレがきれいになりました。スカウトなどをみていると最近の子どもはトイレが臭いところであるという感覚さえもないようです。

 さてトイレが臭いところであった頃の話です。私が修行していたとき金光教学院はまだ汲み取り式のトイレでした。ちなみに現在は建て替えられて水洗です。

 板張りの床に便器がおかれてあるので掃除の折にはタイルやコンクリの床のようにざあーっと水を流して、というわけにいきません。雑巾で拭いていかなければなりません。臭いしきたないし面倒だし、トイレ掃除は皆、嫌がっていました。学院の修行では清掃と言いません。洒掃・・サイソウと言います。単にきれいにするだけでなく心も掃除する修行だという意味です。

 嫌がっていたトイレ掃除ですが、掃除をつづけているうちに気持ちが変わっていきました。

 トイレ掃除をしようとして汚れていると、きたなくしてと怒っていたのが、汚れているのを拭(ふ)かしてもらえるとありがたくなっていきました。

 ○「裏へいってこい」
 銀座の初代、湯川誠一先生が伝えられた便所の話があります。
 玉水教会の布教当初のこと、誠一先生が目を病んで初代大先生にお願いしました。

「両目が充血して痛みます」。すると初代大先生は「裏へ行ってこい」という意外なことを誠一先生におっしゃいました。

 裏へ行ってみると庭があって便所があり、とくに変わったことはありません。そこで「行ってきました」と言うと「もういっぺん、行ってこい」。今度は便所の戸をあけてみると小便所の溝が紙で汚れていたのが目にはいりました。「これやな」と気づいて下着姿になり、井戸水を汲んできて汚れをきれいに取りました。
 
掃除がおわると頭がスーッとして目の痛みもとれました。そこで初代大先生にお礼を申しあげると「わかったか。おまえも信心をひとつ覚えたな」と言われました。

 そういうお話です。銀座の先生のお話はここから展開して更に深くなっていきます。それは次の機会を待つことにして、私もトイレ掃除でおかげをいただいた経験があります。

 学院の洒掃でトイレ掃除がありがたくなった私は、自分から申し出て、班ではトイレ担当となりました。私はそれまでずっと年に何度か熱を出しては数日寝込むということを繰り返していました。ところが学院での生活中には、言い換えればトイレ掃除に取り組むようになって、寝込むことがなくなりました。

 私もまた、銀座の先生のようにトイレ掃除の徳をしっかりいただいたのでした。


(この「教風」は、2018年7月に掲載されたものです)
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