「教風」 (連載第237回)


お土地を掃く



 もう七,八年前になるでしょうか、「トイレの神様」という歌がヒットしたことがありました。シンガーソングライターの植村花菜さんの歌です。歌詞を聞いていて「これはそのとおりだ」と思いました。

 ふるさとのおばあちゃんが「トイレにはきれいな女神さまがおられる。トイレ掃除をやっていると女神さまみたいなベッピンさんになれるんやで」と孫に教える。孫もそれを信じてトイレ掃除に精を出すようになる、というような歌だったと記憶しています。

 きれいにしとかなあかんでしょ、とかではなく女神さまみたいなベッピンさんになれるからというのは素晴らしい教えです。
 
 ○教会の前の道を
 目を病んでいた修行中の湯川誠一先生(のちの銀座教会初代)は初代大先生に教えられて、トイレ掃除をすることでおかげを頂かれました。
 味をしめたといいますか、信心をひとつ覚えた誠一先生はこのことを展開していきます。

 毎朝教会の前の道路を掃き清めました。このころ玉水教会は、土佐堀裏町の家から出て江戸堀上通りの角屋(かどや)に移っていました。誠一先生のなかでは「ご地内をみだりにけがすなよ」「大地の内において金乃神の大徳に洩るところはなきことぞ」とのみ教えが大きなものとして生きていて、神さまのお土地を清める修行であると意識して取り組んでいました。

 参拝者が増加すると、隣も借りることができ、しかも間をぶち抜く工事をして広いお広前が確保できましたので、このままここに、と思っていると明け渡しを言われてしまいました(大正四年)。

 そこで玉水教会は、船町橋の西詰に移転します。その場所はいまでは様子が変わって、はっきりここだろうと確定するのは難しいようです。船町橋は、現在高速道路が通っている下を流れていた西横堀川にかかっていた橋なので、おそらく現在高速道路を降りてきたあたりではないかと推測されます。ここは二年ほどと短く、当時の写真も残っていません。

 金光さんは、しょっちゅう追い出されるという陰口がたって、初代大先生もご造営を決断し、紆余曲折(うよきょくせつ)あって江戸堀上通りに戻って新築されました。以前の借家の教会の向かい側にあたります。大正六年(一九一七)のことです。

 つまり誠一先生が忙しい御用の中、毎朝心をこめてお掃除していた道に面しているのです。

 私はこのご造営は、もちろん初代大先生のご祈念のたまものである
と思っています。そして誠一先生の掃除の祈りも、確かに神さまに届いたと考えています。

 冒頭に戻りますと、「トイレの神様」に感心したのは、ベッピンさんになりたいという願いをもってトイレ掃除に励んでいることです。難癖をつけたがる人は現世利益につられて汚いと言うかもしれません。否、おかげを意識するから一生懸命になれるし、そこで見えてくる世界に気がつくことも多いのです。

 せねばならんから、義務だからとトイレや掃き掃除をしている(あるいは仕事の場合も)方はたくさんいるはずです。でもそれではなにかもったいない気がします。

 掃除に心をこめたら立派な祈りになります。祈りとはそれが神さまに届いたらおかげになるのです。ベッピンさんになったり、お土地が使えるようになったり。それがお分かりいただけると思います。



(この「教風」は、2018年8月に掲載されたものです)
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