「教風」 (連載第243回)


節の年



 初代大先生・湯川安太郎大人は、明治三年(一八七〇)年1月十一日に生まれました。ことしは生誕百四十九年になります。二十歳のときに大阪に出てこられ大病を患い、そこから信心が始まりました。

 そして三十五歳(明治三十八年・一九〇五、四月二十日)、この玉水のお広前を開設し布教なさることになりました。その年から今年で百十四年。初代大先生の御取次、ご祈念、その後を継いでくださった二代大先生、三代大先生の御用によって今日があるわけです。

 いまのお広前、正直言いますと、初代大先生に喜んでいただけるような、安心していただけるようなお広前ではないなという思いが湧いてきます。

 私も教師にお取り立ていただいて今年で三十年。そして教会長として二十年。私が教会長として二十年御用させていただいてこられたのは初代大先生のお徳、二代、三代のお祈り添えをいただいてのことだとしみじみ思います。

 ○難儀をエンジンにした初代大先生
 初代は大病という難儀を通してこの信心にお引き寄せいただかれ、そのあとも多くの難儀のなかで信心を進めていかれました。

 初代大先生の場合、難儀というのが信心のエンジンであったような感さえするわけです。

 お広前で御用されるようになってからも、たくさんの難儀な人たちのことを祈っていかれました。たくさんの信者さんたちの難儀もまた初代大先生のエンジンとなっていかれたように思います。初代は難儀があればあるほど前向きに強い心で祈っていく、そういうご信心でした。

 私どもはそこまでの強い祈りができにくい。信者さんが大きな難儀持ってこられたらどうしてもひるんでしまう。

 そこを初代大先生のご信心を見習って、その難儀を我が身の難儀と受け止めて一心に祈り取次させてもらう。こういう御用をさせていただくことで初代大先生のご恩に報いていけるのではないか。そのように思います。

 前々から申しておりますように、今年はは三代大先生の二十年というお年柄であります。玉水にとっての節目の年はあとは五年間巡ってきません。(次は初代八十年祭の二〇二四年)こういう節目の年にこそ私どもは一層初代大先生のご信心、そして御用の姿勢をしっかりといただきご恩に報いる御用を進めてまいりたいと願っています。

 三代大先生の二十年のお年柄ですので、信話集にあわせて『道しるべ』を文字通り信心の道標としてしっかり読み込んで歩(あゆ)んでいきたい。と同時に、今年は初代大奥様湯川ひで息足志道照(おきたらしみちてる)姫の七十年(昭和二十四年五月二十七日帰幽)というお年柄でもあります。

 玉水教会は初代大先生あっての玉水でありますけれども、初代をしっかり支えておられた初代大奥様のお姿も偲(しの)びたいと存じます。
 (付け加えますと、母・湯川真理子一月三日の合同初会で信奉者の方と供に米寿をお祝いさせていただきました。厳密には満八十六歳で、以前ほどではありませんが、内々で仕えられた一月十一日の初代大先生生誕日のお祭りに、元気で参拝するなどのおかげいただいております)。


(この「教風」は、2018年2月に掲載されたものです)
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