「教風」 (連載第246回)


聴かせていただく



 いよいよ平成から令和へと代(よ)が替わりました。そこでふと前の代替わり、昭和から平成に移ったころのことを思い出しました。

 三十一年前、私はご本部の金光教学院で修行中でした。テレビやラジオのない生活でしたので、どちらかと言えば世の中の動きには疎(うと)い日々でした。ある日友だちが、雑誌を買ってきました。ところが、当然あるはずのカラーグラビアの女の子の写真がない。「なんや急に厳しくなったんかなあ」などと、皆で話していました。冬休み、「在籍教会実習」の折りに、大阪に帰ってみて、それが天皇陛下のご不例による自主規制だとわかりました。ちょうどそんなころのことです。

 私はひとつの不安にかられていました。それは「このまま学院を卒業して、果たして自分は玉水教会で御用ができるだろうか」というものです。教師となって人助けのお役が果たせるには、たとえば死ぬような大病でおかげを頂くとか、奇跡的なところを通ってしっかりとした信念を培っていなければならないのではないか。そう思うと、学院に入学してそれなりに修行をしてきたのではあるが、どうも自分がそんなに変わったとは思えない。

 このまま玉水教会に帰っても、信者さんたちは初代大先生に教えを頂いた人とか、戦後苦しい中を二代大先生のお取次でおかげ頂いてきた人ばかりなのに、そういう方々に対して、上から「信心とは」などと説くことはとてもできない。どうしたらいいだろう。

 そうこうしているうちに学院を卒業し玉水教会に帰る時期となり、六月には金光教教師に補任されました。すると三代大先生は、私を副教会長にと願い出られ、私は早々に玉水教会副教会長に任じられました。
金光教教師になること自体が不安だったのに、もう副教会長です。父、三代大先生はなにも教えてくれません。手探りで求めていきました。

 お結界に初めて座った日のことは今でも覚えています。なにか信心を説かなければならないようなことになったらどうしようか、とドキドキしていました。実際には玉水教会の信者さん方はとてもやさしいので、私が困るようなことは全くありませんでしたが……。
 
 ○聞くこと
 お結界に座って改めて気づいたのが、聞くことの大切さでした。信心を語ることは難しいかもしれないが、聞くことはできるだろう。

 はじめはそう思っていました。しかし聞くことは、話すことよりも実はもっと難しいことであるとわかってきました。「きく」という字には「聞く」と「聴く」とがあります。信心の世界の「きく」は聞くではなく聴くの方でしょう。字義とはちがうかもしれませんが、耳に入れて徳を積んでいく。だから徳という字とツクリが同じなのだと私は考えています。

 たとえば初代大先生は、信者さんの話を聴いてだまされたといいます。周囲が、「あの人はええ加減なことを言うて大先生をだましている」と憤っても、大先生は平気でだまされつづけたというのです。「この人は嘘を言っているかもしれん、という思いをもって聴いていてはその人のことは祈れない」と、二代大先生におっしゃったそうです。真剣にその人の身になって聴いているのです。簡単なことではありません。

 聞いてやっているのではない。聴かせていただいているのです。話す以上にしんどいし、気もつかいます。お結界の御用の奥深さを思い知しらされます。

 自分の御用当初のことを思い出しながら、改めて信心の練り直しに取り組んでいるところです



(この「教風」は、2019年5月に掲載されたものです)
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