「教風」 (連載第247回)


心はころころ



  湯川安太郎信話にはいくつかの寓(ぐう)話(わ)が登場します。今日はその一つ、悪魔党の話。

 あるところに、いつもありがたい、ありがたいと言って暮らす爺(じい)さん婆(ばあ)さんがいました。ところが悪魔党の連中からみると癪(しやく)に障ってしようがない。子分の一人が旅人に扮(ふん)して一夜の宿を乞いました。爺さん婆さんはあたたかく迎え入れ、食事も供してくれました。翌朝二人が早朝から野良仕事に出たのを見て子分は準備してあった二人の夕食を平らげ、かわりに藁(わら)と牛糞(ふん)をおひつの中に入れておきました。きっと怒るだろうと隠れてみていると、「よほどおなかがすいとったのだろう。かわりに何か入れとかんと思ったのだろうか。律儀なことだ」と、爺さん婆さんは全く動じません。で、次の子分が出かけましたが、今度はなかなか帰って来ません。この子分は爺さん婆さんの家に入り込むと、悪さなどはまったくせず身を粉にして働き、尽くしました。おかげで爺さん婆さんは豊かになっていきました。頃はよしと旅人になって宿を乞います。やはり快く受け入れてくれます。豊かになった爺さんは晩酌をしています。そのお銚子を私にもと頼むと、どうぞと爺さん。子分は図々しくさらにもう1本と求めると、爺さんがさすがにとがめます。すると婆さんが「まあまあ、いいじゃないですかもう1本くらい」「なんだお前は若いものをひいきして」。二人は争いになりつかみ合いまではじめ、悪魔党の連中は我が党にひきいれた、大成功と大喜び。というお話です。

 初代大先生はこの話をひいて、不自由しているときは仲がよくても、えてして余裕ができてくるといがみ合うものだ。コロコロが縮まって心になったといわれる。心ほど転がりやすいものはない、とおっしゃいます。

○三代大先生は
 ことし二十年祭を迎える三代大先生は、学校法人理事長として関西金光学園を三つの高校と二つの敷設中学、一つの大学という陣容へと展開し、四つの学校をもつことになりました。

 この間の三代大先生の苦労は、それはもう大変なことでした。しかし、そばにいる私が三代大先生の口から愚痴を聞いたことがないのです。そして現在四つの学校には毎年千人以上の生徒学生が新しく入ってきます。ほとんどが未信奉者です。その子たちが学校の宗教科の授業を通じて金光教に触れ、学んでくれています。金光教の信心に触れる子が毎年千人ずつ増えていくのですから、これはすごいことです。

 ふつうでしたら「私の働きもあって」と少しは誇りたくなるものです。三代大先生は、「神さまのおかげで」と申されるばかりでした。
 私は初代大先生がご信心してくださったおかげで生活に困るということを知らずにまいりました。しかし、だからといって、心がころころと転がらないようにということは肝に銘じています。

 ことしの十連休はたくさんの人出でした。出社の大祭参拝のため新大阪駅に行って実感しました。皆遊びに行く人ばかりで、ネクタイ締めていたのは私一人。

 ここで「みんなが遊びに出てるのやから私も一日くらい遊びに行ってもいいやろ」と転がったら、私も寓話のお爺さんのように、いつのまにか悪魔の仲間にはいってしまうことになるかもしれません。
むしろこういうときだからお結界に座らせていただこうと思ったことでした。おかげを頂いてもなお心を転がらせることなく律していた三代大先生の姿を思い浮かべたことはもちろんですが。
 心はころころ転がるもの、それを自覚してしっかり修行させていただきましょう。



(この「教風」は、2019年6月に掲載されたものです)
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