「教風」 (連載第250回)


初代大先生が来てくださる



 阪神大震災(平成7・1995年)の時のことです。ある信者さんが罹災されました。柱の下敷きになってしまい、動けなくなったのです。叫んでも誰も来てくれません。「とにかく初代大先生にお願いしよう」と、その方は「初代大先生、助けてください」と一心に念じていました。そのうちに近所の方が見つけてくれ、レスキュー隊を呼んでくれました。駆けつけたレスキュー隊が柱を切断して無事救い出されました。

 教祖さまは「金光大神は形がのうなったら、来てくれという所へ行ってやる」(教祖御理解19節)と仰せになっていました。

 初代大先生も、神さまから同じようなお知せを頂かれ、肉体がなくなったら、もっと縦横無尽に働くことができる、と生前楽しみにしておられました。
 ですから、この方が「初代大先生!」と念じ、初代大先生が、ビューンと来てくださったのは間違いありません。

 ○「成り代わって」
 一方、私たち玉水教会と一門の教会は「初代大先生に成り代わって」ということを念頭において御用しております。自分は、本来初代大先生のなさる御用を、初代大先生に代わってさせてもらっているのだ、という気持ちを常に離さぬように御用をつとめよう、ということです。

 その気持ちが抜けて、自分がする、ということが出てしまうと、初代大先生は、見ているばかりでお力を与えてはくれません。
 玉水教会一門の教会にとって、この「成り代わって」ということはきわめて大切な、信心の目標です。

 もちろん金光教の教会は、生神金光大神御(おん)取次の働きの場であります。早朝から奉仕されるご本部の金光さまにならって、私たちは日々に祈念をこらし、お結界をつとめています。

 このことと初代大先生を頂くこととは相反しません。というより「成り代わって」の意義を求めていくことは、この道の信心を掘り下げ深く理解することになる、と私は思います。

 さて私が「初代大先生を頂いていく」という点で一番見事と言いますか、鮮やかに現してくださったと感じるのは、意外と思われましょうが、初代大奥さまです。

 初代大先生の帰幽後、空襲が始まりました。初代大奥さまは一度は二代大先生の願いに従って疎開されました。が、いよいよとなると「教会で死なせてもらう」と戻ってきてしまわれました。

 空襲警報が出ると初代大奥さまは、ご神殿わきの薄明かりのついている所に座り込んでご祈念をされていました。

 二代大先生が、教会内外の見回りで初代大奥さまの後ろを通るとき、その小さい後ろ姿に盤石の重みを感じ「母がおってくれる間、教会は大丈夫だ」と感じたとお話になっておられます。(『先代を語る』176ページ)

 私はこの時、初代大奥さまの横に初代大先生がぴったり一緒になってご祈念してくださっていたに違いない、と考えています。

 初代大奥さまが、己を無にして初代大先生を念じお呼びになり、お越しになった初代大先生と共にお二人して、二代大先生のおっしゃる「盤石の祈り」を現されたのだと思います。

 初代大先生にいつもビューンと来ていただけるような信心を磨いて参りましょう。



(この「教風」は、2019年9月に掲載されたものです)
TOP
バックナンバー一覧