「教風」 (連載第252回)


お詫び



 私は子どもの時けっこうヤンチャでした。
 あるとき、教室で友だち三人と筆箱を放り合って遊んでいました。いじめなどではありません。そこは問題ないのです。しかし問題なのは、その筆箱をあやまって受け取り損ね、窓の外へ飛んでいってしまったことでした。私たちの教室は三階、ちょうど下の道を歩いていたおじさんの目の前に落ちてきたので、「あぶないやないか、誰や」と下からどなりはじめました。

 見つからないように教室から逃げたものの、どなり込んだおじさんによって私たちの仕業であることがすぐにばれ、職員室に呼ばれて、先生から「ふざけて危ないことをして」とこってり叱られました。

 ところが私たち自身は、そんなに悪いことをしたという自覚がないのです。筆箱の投げっこしただけやん、それに道に飛んでいった、言うてもおじさんに当たったわけでもなし、反省しろ、言われてもなあ。
 おかげでその日は、昼休みをはさんで午後も授業に出られず廊下に立たされることになりました。

 わたしは時々自分はあのころとあまり変わってないのではないか、と思うことがあります
 教祖さまの前半生は相次ぐ家族の死など不幸にみまわれ、なんとかその運命から免れる道を求めて、方角日柄を守り実意丁寧にしていましたが、四十二歳のとき、のどけという大病にかかり、ものも言われず湯水も通らなくなります。親戚が集まってご祈念していると親戚の一人に神が降り「建築につき無礼がある」と言い渡されます。
 
 岳父の古川八百蔵さんは、教祖の丁寧さを知っていただけに言い返します。次の間で寝ていた教祖さまは「なんていうことを言われるか」と思っていると、のどが開け、そこで「凡夫の身でどこにご無礼があるかわかりません。お詫び申し上げます」。先達に降りた神は「その方はよい」とお告げになりました。教祖さまが神さまに出会われた最初です。

 つまり私たちのお道は「凡夫でどこにご無礼があるかわかりません。お許しください」という教祖さまのお詫びから始まったのです。

 しかし私をふくめ、皆さん心の中でこんなこと思っていませんか。私は教会に参拝して、ご祈念して、立派に信心している。それは探せば至らぬこともあるだろうが…なんか少年の日の私に近い。でもまたこうも思ってませんか。こんなにちゃんと信心しているのになかなかおかげにならん。神さまもちゃんと見てくれないと。

 いえいえ神さまは「至らぬところに気づいて反省して取り組んでくれよ。それまでおかげは渡せぬ」というお心なのです。

 湯川安太郎青年は二十歳の大病を機に信心を始めます。寝る間も惜しんで商売に励み、よく教会に参り、教会御用も怠りなく、仲間と信心共励につとめました。集金に行って相手が困っていればお金を置いて帰るような、情に厚い人でもあり。信者の模範のような安太郎青年ですが、おかげは頂けません。

 しかし、ある時「自分は神さまを拝んでいると思っていたが、実は自分の腕を拝んでいた」と気づき心からお詫びします。そのお詫びから「神さまがご主人、自分は奉公人」の助かりの道が開けていくのです。

 「自分は悪くない」からは信心は進まないしおかげにもならない。「自分は懸命にやっっているつもりであるけれども、どこか足りないのだろう」。そこに気づきたい、という思いこそ大切です。
 少しでも足りないことに気がつき、お詫びしつつ進んでいけば、必ずおかげはついてきます。取り組んでまいりましょう。



(この「教風」は、2019年11月に掲載されたものです)
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