金光教玉水教会
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教風 大先生の講話
玉水教会月刊誌「あゆみ」に
毎月連載されています
巻頭の「教風」より転載しています。

 親ガチャ



 十月末日の夜、総選挙の特番を見ようと、ご祈念すませたあとテレビをつけました。夜も更けた頃でしたので、接戦といわれた今回の選挙も帰趨(きすう)は定まったようでした。番組をみながら私が「?」と思ったことがありました。

 それは若い人が投げかけた質問でした。「親ガチャについてはどう思いますか」。
「親ガチャ? 何それ」と思いました。しばらく見ていて、おおよそのことがわかりました。

「ガチャガチャ」と言われる自販機があります。高速道路のサービスエリアなどでよく見かけるものです。お金をいれてレバーを回すとカプセルが出てきます。その透明のカプセルのなかに小さなおもちゃが入っています。いろんな種類のおもちゃのうち、何が当たるかと楽しいわけです。

 ガチャガチャは中身が選べない。子からすれば親も選べない。だから似ている。それで「親ガチャ」というのだそうです。
 このときは政治課題である格差の問題が念頭にあったようですけれど、それに限らず容貌、身長、学力と、色々なことで「親ガチャはずれたなあ」などと言うそうです。

 私にしてもごく小さいころは「普通の家庭に生まれたかったなあ」と思ったこともありましたし、誰しも1度や2度は考えたことはあるでしょう。
 だからそう目くじらたてることではないかもしれません。それにしても信心の世界とは正反対の言葉やなあ、と思います。

 〇親を中心に信心を組み立てる
 初代大先生は、親の愛には薄い境遇でした。大先生が六歳のとき父の安兵衛さんが病死され、安太郎少年は親戚に預けられます。そこでも当主が亡くなられたので学校をやめ商売の陣頭に立つというように、養い親にも恵まれませんでした。

 それでも初代大先生の信心は徹底して親大切、親中心の信心でした。それは初代大先生が昔の人だからと思う向きもあるかもしれません。いえいえ百年前のそのころだって「先生の頭、お話にならんくらい古くて固い」と周りから言われていたのです。

 初代大先生は、これこそ真実の道だと突き進んでいかれました。親に心配かけぬようとの願いから、
「一、病み患いのないように。
二、清く正しい世渡りのできますように。
三、商売繁盛できますように。
四、家庭円満に。」
と四つの祈りを割り出し、さらに自分がおかげを頂くだけでは親は安心できない、と兄弟のことも祈り、さらに親戚もおかげを頂かなければと祈りを伸ばしていかれました。

 そして、親大切の祈りは親の後ろの親、つまり心の親、天地の親神さまを拝むことになる、と説かれています。

 現代でも、親との関係はすべての人間関係のもとであるから、親とうまく関係が結べない人はいくつになっても、ほかの人とよい関係が結べない、と申します。

 初代大先生の突き進んだ道は、当然教祖さまのお示しになった道でありますが、この道こそがおかげを頂く道なのです。「親ガチャ」など言ってしまいたい気持ちも分からなくはない。しかしやはり間違っている。
 私たちはこれだけはっきりしたおかげを頂く道、金光教の信心の道にいるのです。その道をしっかり歩んでまいりましょう。




 <2021年12月掲載>
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