金光教玉水教会
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教風 大先生の講話
玉水教会月刊誌「あゆみ」に
毎月連載されています
巻頭の「教風」より転載しています。

 恩を知る


あけましておめでとうございます。令和五年二〇二三年の新春へ年が改まりました。今年は大事な年となります。なぜなら明年には初代大先生八十年祭を迎えるからです。
 ですから今年一年で、八十年祭をめざして信心の充実実践をはかりたいものです。
 昨年の十月二十七日で私も還暦を迎えました。信徒のみなさんにもお広前でお祝いしていただきありがたいことでした。

 さらにその一ヵ月後、次女正子と雄太が結婚式を挙げました。二人は一昨年すでに入籍しておりました。その後に、長女芙美と三人で金光教学院に入学、一年の修行をおえて昨年六月には金光教教師に補任され、コロナも一段落した十一月二十七日に挙式の運びとなりました。

 玉水教会お広前での結婚式は私ども夫婦の挙式以来で実に三十一年ぶりとなります。儀式の資料を探しましたが走り書き程度の式次第が見つかっただけでした。まだワープロの時代で記録管理が十分できなかったのかもしれません。映像もなかなか見つからず、やっと探し当てたのはVHSのビデオでした。装束をつけて式の御用をしてくださった先生方もみな故人となられ、年月を感じました。
 というわけでDVDに移し換えた映像を繰り返し何度も何度もみました。

○三代大先生の姿に
 見ているうちに目が止まったのは父三代大先生の姿でした。いま私が同じ立場にあるのですから当然といえば当然ですが。習礼の際に、装束姿の先生方に自分の思いを一生懸命伝えられたりしている様子に、私は三代大先生からたくさんの恩をうけているのだなあ、と改めて感じました。

 いや、三代大先生ばかりではない、初代大先生の恩、金光様の恩、神様の恩にくるまれてこの式は成り立っている。それがまざまざと見えてきました。
 親の恩を受けて初代大先生の恩を受けて金光様の恩を受けて、神様のご恩のなかで挙行できたのだなあと心から思いました。

 当時は、学院卒業数年後のことでもあり、こういうことは気づきませんでした。
 初代大先生の信心のもとは、まずは「恩を受けたら恩に報いる」です。小学校三年生の修身の時間に聴いた、猟師と飼い犬の話、囚人とライオンの話の衝撃は「人として恩を受けて恩を知らないのは禽獣(きんじゆう)にも劣る」という初代大先生の生涯を貫く背骨になりました。

 一番恩を受けたのは親、何としても親の恩に報いたい。そこで二十歳で大病にかかったとき「親を置いて死ねません」と祈り、それが神様のご機感にかなって命を助けられ、信心の道にも導かれる、というように、恩という題目は初代大先生の信心のもとです。

 ではその恩に報いるにはどうすればいいのか。親の恩はわかっても、どうすれば報いることになるのか。親が喜ぶことをしていけばよいとはいえ、私に限らずもう親はこの世にいないという人も多く、だから直接的に喜んではもらえない。私は信心継承こそ親が喜ぶことであり報いることの一つだと思います。霊様(みたまさま)となっては子孫が信心してくれることが喜びだからです。

 初代大先生八十年祭をめざして、初代大先生の信心をいただくことにどうぞ骨を折っていただきたい。ひとつでもふたつでもわからせていただいて、お祭りの折に報告したいではありませんか。
 私は「恩」ということをわからせていただきたいと求めております。皆さんもそれぞれに真剣に取り組んでおかげいただいてまいりましょう。






 <2023年1月掲載>
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