金光教玉水教会
contents
教風 大先生の講話
玉水教会月刊誌「あゆみ」に
毎月連載されています
巻頭の「教風」より転載しています。

 振り返る大切さ



 このごろ「ポジティブ」という言葉がはやっていてよく耳にします。
 辞書的には、肯定的ということらしいのですが、積極的とか前向きにというように使われています。失敗してもプラス思考で考える、障害があっても最初からあきらめず果敢に挑戦していく強い心をいいます。
 特に若いひとたちの間ではポジティブであることが至高のことのように思われているようです。

 昨年末、金光大阪高校野球部の生徒が一年のお礼参りに来ました。私は、「前向きに練習に取り組むことは大切なことです。しかし一年に一度は一年間の自分を振り返り、どれだけ上達できたか、まだなにが足りないのか、自分にはなにが必要なのかを分析し、次の一年の目標をはっきりさせることが大切です」と話しさせていただきました。

 あとで野球部の監督さんが、ポジティブばかりを求めている生徒たちに大切なことを話してくれたと、とても喜んでくださいました。

 わたしがこのような話をいたしましたのは、そこのところを私自身が求めているからです。

 ○九分まできてやり直す
 前向きといえば金光教の信心は前向きそのものです。教祖さまのみ教えはポジティブのかたまりです。
 どんな難儀があっても、苦難にあっても神さまさえ放さなければきっと助けていただける、そういう力強いことばで金光教教典はできています。

 ところで、教典には次のような教えが載っています。
「病人や代々難儀の続く人が神のおかげを受けるのは、井戸替えをするに、八、九分かえて、退屈してやめれば、掃除はできぬ、それでやはり水は濁っておるようなもので、信心も途中でやめれば病気災難の根は切れぬ。井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで、一心にまめで繁盛するよう元気な心で信心せよ」(理Ⅲ・金理28節)
「氏子、十里の坂を九里半登っても、安心してはならぬぞ。十里を登り切って向こうへおりたら、それで安心じゃ。気を緩めると、すぐに後へもどるぞ」(理Ⅲ・金理81節)

 ともにおかげ目前の人への警告のみ教えです。十里の坂を九里半登ったらあとは惰性でやってもおかげへたどり着けそうです。でもここからが肝心だ、と教祖はおっしゃるのです。銀座の初代先生は「九分までいったら最初からやり直せ」とまで言われます。

 難儀の根を切る、気を緩めず登り切るとはそこまで厳しく自分を律していかねばならないということです。信心していても問題が起きないということはありません。必ず起きます。

 九分のところで惰性に任せても、一旦はおかげにたどりつけるでしょう。しかし、またことが起これば元の木阿弥(もくあみ)、一からやり直し、それを永久に続けるのではつまりません。九分で踏みとどまって、初めからを振り返り、何が足りないのか、何が必要なのかを点検し考えていくことです。そうすればおかげにたどりついたあと、次に事が起こっても今度は楽にいけます。

 私は、教祖さま、銀座の初代先生のみ教えをそう理解しています。そこで高校生の諸君に話させていただいたわけです。





<2018年2月掲載>
TOP
  Copyright(C) Konko Church of Tamamizu All Rights Reserved.