金光教玉水教会
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教風 大先生の講話
玉水教会月刊誌「あゆみ」に
毎月連載されています
巻頭の「教風」より転載しています。

 新教主様ご就任



 このたび金光教六代教主に、金光浩道(ひろみち)様がお就きになりました。本教の教主は、五年ごとに全教会長の選挙によって推戴(すいたい)されます。これまで六期三十年にわたってお勤めくださった金光平輝(へいき)様(五代金光様)がお退きになる意向を洩(も)らされ、二月の選挙でご長男の金光浩道様が当選されお受けくださいました。

 私が学院生として本部で修行中は、四代金光様の時代でした。老身をおして早朝からお出ましになり、終日お結界に座ってお取次くださるお姿はとても神々しく、私にとっては生神様という感がありました。そのあとをお承けくださった五代金光様は四代様と変わることなくお勤めくださいました。

 実は五代金光様と父、三代大先生は学院の同期生で、親しく交際させていただいておりました。御用で金光に参ったときなどは一緒に食事をさせていただくこともあったようです。そのような間柄で親しくさせていただいている方が、教主金光様としてお立ちなられたわけですから、三代大先生もはじめは戸惑いのようなことがあったのでは、と思います。
 しかし三代大先生は、すぐに金光様と心から頂き信心を進めていかれました。

○五代金光様と三代大先生

 三代大先生は病気のため、平成十年暮れに入院、その後の手術により小康を得られ、平成十年六月の教団独立記念祭にひさしぶりにご本部へ参拝されました。
 そしてご本部のお結界へ、御礼のお届けに向かわれました。五代金光様はひとことおっしゃったようですが、淡々とお受けになりました。

 実はこのとき私は内心、父はこの体でこれだけの渾身(こんしん)の思いでお参りしお取次をいただいているのだから、そのことをよくご存じの金光様がもうひとこと何かおっしゃってくださればいいのになあ、と思っていました。

 この時のお祭りは、三代大先生が教師に補任されて四十年、同期の仲間とともに受褒(じゆほう)するというめでたいお祭りでもありました。

 同期の先生方との宴も開かれ、三代大先生も出席されました。三代大先生は同期の金光様に「私が車でお迎えにまいりますからご一緒にまいりましょう」とお伝えしていました。といって同じ金光町大谷の会場まで歩いたとして数分の道のりなのですが。

 私は、車に同乗しなかったので、先回りして金光様のお宅へ行ってみました。
 すでに金光様は、奥さまとともに表の道に出て迎えを待っておられました。

 その楽しそうなお姿を拝して、私は自分の信心の足りなさにハッとしました。親しい三代大先生と会える楽しみ、同期の先生方と会える喜びを素直に現わしておられる金光様は、さきほどお結界に謹厳なご様子でお座りになっていた金光様とは全く違う表情をされていました。

 そして、そこで私は気づいたのです。お結界での五代金光様は、ご自分の人間心のようなものを排して、教祖様、歴代金光様のあとをうけて生神金光大神御取次の業に従おうと、いかに努めてらっしゃるのか、その御覚悟のほどを垣間見(かいまみ)たように思わされました。お結界でももっと親しげに話してくだされば、などと思ったことを反省しました。

 私も新教主様のことは存じあげております。三代大先生が五代金光様を頂かれたように、六代教主金光様を頂いて、信心を進めてまいりたいと存じます。



 <2021年5月掲載>
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