金光教玉水教会
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教風 大先生の講話
玉水教会月刊誌「あゆみ」に
毎月連載されています
巻頭の「教風」より転載しています。

 ご恩を知り、ご恩に報いる


 おかげをいただきまして、子どもたちが一年間の修行を終え四月に金光教学院を卒業、六月十二日の教団独立記念祭で金光教教師として補命をいただきました。

『金光教教報』で、卒業式の記事を読もうとページを開くと、「ご恩を知り、ご恩に報いる」と太いゴチック文字でタイトルが掲げてあり、びっくりしました。

 というのは、教団ではふつう「恩」というような古風な言い回しを用いないからです。で、読み進めていくと、この言葉が教主金光様のお言葉をひいたものであることがわかりました。卒業式の朝、教主金光様が学院生たちにお下げくださったお言葉の一節でした。

《(前略)何もかもお世話になっているお礼を土台にして、ご恩を知り、ご恩に報いること、信心させていただき、おかげを受けさせていただくことが、われわれの生き方であろうかと思います。》

 私が信心の目標として取り組んでいることを教主金光様がはっきりと学院生たちにはなむけの言葉としてお示しくだされたので、何度も聞いていただいておりますが、また恩ということについて私の思いを聞いていただきます。

○親の恩、天地の恩
「恩について私の…」と申しましたが、正確にいえば初代大先生の生涯を貫く一大テーマとも言えます。 小学校の修身の時間に「恩を受けたら恩に報いる。恩を知らざれば禽獣(きんじゆう)に劣る」と教えられ、そのことが初代大先生の性根玉(しようねだま)になりました。早くから恩をもとにした生き方を追求していくなかで神さまに出会い、そこから信心の世界に入って行かれました。

 二十歳の大病で「大恩のある親をおいて死ねません」との願いが神さまに通って治癒したように、初代大先生にとっての恩とは、まず親の恩でした。親の恩から信心の真理を次々に体得していかれたわけですが、金光教の信心から「天地のご恩」ということを学びました。

 例えば教祖さまは、
「田畑に植える物には肥やしを施すが、山には肥やしを施す者なし。日に月、年を重ねて大木となる。これを用材として家屋建築するにつきては、第一、天地の神のご恩を知らねばならぬ(理解Ⅰ山本定次郎7―1)」と仰っています。

 この教会も木材で作られています。その木材は昭和八年丸太の状態で木場に浮かんでいたものを一本一本初代大先生があの木この木と選んだものでした。その一本一本がどれも節もなく素晴らしい木材でした。いまでも見る人が見ると「すばらしい木材がつかわれてますね」、と絶賛されます。

 初代大先生が「天地の神さまのご恩」を深く感じて信心を培われたのでこのような神徳があらわれたのです。

「恩に報いる」と文字にすればわずかですが、考えれば考えるほど重い言葉だとわかります。親の恩に報いるにはと、当初、初代大先生がはじめられたのが、親兄弟を祈る、親戚を祈るということでした。そこから伸ばしていかれました。

 天地の神さまの恩に報いるということも、天地の神さまの願い成就を少しでもお手伝いするということですから、難儀な氏子を助けたいというのが天地の神さまの願いだとすれば、つまり人を祈り助ける、ということになるのです。教主金光様が示された生き方は、学院生ばかりでなく私たちにもあてはまる生き方であるのです。



 <2022年7月掲載>
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