金光教玉水教会
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教風 大先生の講話
玉水教会月刊誌「あゆみ」に
毎月連載されています
巻頭の「教風」より転載しています。

 神さまに心を向ける



十一月十五日は金光教の立教の日です。

 安政六年のこの日(旧暦の十月二十一日)、神さまは教祖さまに「難儀な氏子を助けてくれ」とお頼みになり、教祖さまが「仰せ通り家業をやめて、お広前相(あい)勤め仕ります」とお受けになってこのお道がはじまったのでした。

 神さまはそれまで教祖さまに様々な修行を命じてきました。主に農作業についての神さまからのお試しに、教祖さまは実意を以て修行を重ねられました。そして神さまの信頼を得られ金光教が誕生したわけです。

 しかし神さまからのお試しは、神さまの仰せどおり専心お広前を勤めるようになっても続きました。

 もう暑い季節なのにまだ教祖さまが冬の袷を着ているのでお参りの方が「金光様、暑うはございませんか」とたずねると「いや神さまからのお許しがでないのでこうしているのです」とこたえたという伝えが残っています。

 それでも着るものならまだわかるとして、こんな事蹟もあります。

 ある夜「下駄をはいて外へ出よ」と神さまから命じられ、外へ出ると「そこで盆踊りを踊れ」という指示がありました。教祖さまは踊りだし、神さまから「もうよし」といわれるまで無心に踊っていたのでした。

 これなどは、私には到底できないなあ、と思ってしまいます。盆踊り? なんでそんなことするのですか、と理由をききたくなります。またたとえ踊り始めたとしても、これが修行なのかなと力が入らず、とても教祖さまのように夢中になって、などできそうにありません。

 教祖さまはいつでもどんな状況でも、神さまに心をつねに向け続けてお試しにこたえ、そのお試しにみごとに合格されていきました。

 立教のあとも、教祖さまのお取次は順風満帆ではありませんでした。
 山伏の妨害や、明治になってからは、お上(かみ)からの圧迫など厳しい出来事が続きます。しかし神さまとしっかり結ばれている教祖さまは、苦難を乗り越え乗り越え、お道の内容をを培ってくださいました。

 ○来年は
 立教は西暦でいえば一八五九年ですから、来年二〇一九年は立教百六十年の節年にあたります。

 加えて玉水教会にとっては、来年は三代大先生湯川泰雄大人二十年のお年柄となります。

 その三代大先生が最晩年の一九九九年に、立教百四十年にあたって「信心に磨きをかけて」と題してお話しくださってます。
 「神からも氏子からも両方からの恩人である」と神さまからたたえられた教祖金光大神さま。

 神さまと教祖さまがこのお道がひらけたことをともに喜び、御礼申しあっているおられるその喜びのお祭りが十月十日のお祭り。

 天地の親神さまと生神金光大神さまが喜び合いなさるなかで、私たちはお取次をいただきおかげを蒙らせていただかなければならない。

 それには「神さまのおかげを身いっぱいに受けるように、この身この心を神さまに向けて信心せよ」(理Ⅱ福儀3)のようにどこまでもどんな時も神さまを放さないように心を神さまに向けていくこと、と説かれています。
 分かりやすくまた深いお話と、いただいております。





<2018年11月掲載>
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