お試し
年月の経っていく速さには驚かされます。
「初代大先生八十年祭」!と夢中になって御用していたのに十か月たってしまい、もう年末です。
私も十月に六十二歳になりました。ほんとうに早いものです。これまでのことを思い返すとありがたいこと辛いこと様々ですけれど、辛かった記憶がまず来ます。それは教会長を拝命した直後のころのことです。しかも一番大きな問題は出社関係のことで、一つが何とか収まると次の問題が持ち上がるといった具合で辛い日々でした。正直、このさき玉水教会長として自分はやっていけるのか、と思うほどでした。
やがてこれは神様から与えられた試練ではないか、と気づきました。
そう思うと、二代大先生も教会長になってすぐに大阪大空襲、教会は焼け残ったもののお参りはなくひとりお結界に座っておられたわけですし、三代大先生の教会長就任も金光第一高校創設のさなかのころでした。
苦難を神様が与えた試練、お試しであると受け止めておかげにしていかれたのです。
それはもちろん初代大先生の信心の道を忠実に迷うことなく歩まれていたからです。
〇「これはお試しだ」
湯川安太郎青年は商売第一日目に商品完売のおかげをいただき、その後も順調に行ってました。ところが三か月たったころ急に売れなくなりました。行く先々で「いりません」「いりません」と断られます。開業が春でしたので盛夏です。暑くて大汗をかきながら重い荷を持って歩いてそこへ断られるのでたまりません。「いっそこの荷を川に放り込んでやろうか」とまで思われたのでした。はらわたが煮えくりかえっているので帰宅してご神前に座っても素直にお礼が申せません。すでに神様のお言葉をいただけるほど信心していた安太郎青年でも、心を静めるのはむずかしいことでした。しかし静かに考えていると「これがお試しというものではないか」というひらめきが浮かびます。
そうかお試しであったか、それならこんなことぐらいで信心の大黒柱を折ってなるものか、と心は急展開し、翌日からは売れなくても意気揚々と帰宅して「今日は結構な修行をさせていただきました」と心からのお礼をささげることができたのでした。「三年くらいなら辛抱できる」という目算が、四日ばかりでおしまいになり、そのあとは売りあげが日増しに上がっていったのでした。つまり初代大先生は神様のお試し、試験に合格したのでした。
苦難に対する行き方、愚痴を言って動(どう)顛(てん)するのではなく、これは神様がくださった試験であるとありがたく受けて行くというのが初代大先生の道であり歴代大先生の踏んだ道でした。
私も辛かった日々、このことに思いいたり喜んでとまではまいりませんでしたものの、
凌ぐことができました。
最近もコロナ禍でお広前を閉じなければならない、という辛い事態がありました。「なんでこんなことが...」と怒ったり悲観してもなんにもなりません。これは神様のお試しなのだろう、と心を神様に向けていく。この苦難にどうしていけば合格となるのか心静かに求めていくことがなにより大切と思います。
初代大先生の歩まれた信心の道を私たちもしっかりと歩ませていただきましょう。
(玉水教会 会誌 あゆみ 2024年12月号 に掲載)